【今日の授業】プライマリーヘルスケア6a,b

6a Concept Health Sector Reform

今日の午後はヘルスセクターリフォームについて。この言葉は仕事をしていたときもよく聞いて、要は保健の財政の向上ということかな、くらいにしか認識していませんでした。元々は90年代前半から始まっているらしかったのですが、2000年前後にいた国では、ちょうどヘルスセクターリフォームをまとめてやろうということで、地方分権下の保健システムの整備や保険制度の強化なんかをやっていました。当時は素人だったので、そのものの計画を読んで理解しようとするだけで、背景までは理解できていなかったと思います。6年たって、やっと理論を分かりやすく学ぶことができました。

さて講義は、


ヘルスセクターリフォームとは何かから始まり、事例、批判、何が起こってきたのかと進みました。

背景としては、50~60年代の植民地の独立があり、70年代にオイルショックでローンが容易になって途上国も借りていたが、80年代になって経済危機や経済が思ったよりも伸び悩み返済が滞るようになり民間から借りることが難しくなり、世銀・IMFが構造調整を導入。世銀の構造調整ローンの額は80年代終わりには$1545Milに(10年で10倍以上)拡大、途上国政府に対して政策のリフォーム、公的セクターの支出のカット(軍隊などはカットされず病院予算などがカットされることに)といったコンディショナリティーをつけて貸し付けを行った。ラテンアメリカなどでは公的支出が劇的に減少したが、アフリカでは効果はいまいち。構造調整ローンは新自由主義経済の一環とみなされていた。

この構造調整を背景にヘルスセクターリフォームも導入され、新自由主義経済の原則が保険セクターにも導入されてきた。

またニューパブリックマネージメントのアイデアによって、国の役割が行うことではなく、物事が行われるようにすることに変化。これにより民間セクター、マーケットを統制する政府の機能は減り、保健サービスの実施を民間にコントラクトアウトする傾向に。(米英)この考え方の背景は、競争が効率を生むというもので、政府のサービスは競争がないから非効率であるというもの。この考え方を保健セクターに持ち込む危険性は指摘されていた。(市場の失敗が起こりえることから、保健はマーケットになじまない側面があることは確か。)

米英で起こったサッチャリズム、レーガノミクスの考え方は途上国にも導入されていった。

というところまでが背景でした。

で、なぜ国はヘルスセクターリフォームを求めたかというと、保健セクターが経済危機によって影響され、サービスプロバイダーへの給与が払えなくなったためモラルの低下(薬の横流し、不法な料金を取る、等)、リソース(薬、人員)の欠乏、コストの上昇が発生したこと、構造的に病院やクリニックにお金をかけすぎていたり、地方の貧困層までケアが届いていなかったり、一次サービスがバイパスされたり、調達システムが機能していないことが背景にあった。

HSRに適用されるユニバーサルなパッケージはないが、共通する要素としては、1)税金を原資とした予算以外の資金を増やすこと、2)保健セクターの組織とどう予算が配分・使用されるかのリフォーム、3)プライオリティの設定など。

1はサービスに対して国民が支払いをするユーザーフィーまたはCommunity Financingの導入などが実施された。背景には、リソースがすでに枯渇していたこと、結局は人々はプライベートであれ不正に公的サービスであれ払っていること、支払いが生じることでサービスの向上につながること、などがあった。

2については、効率を高めるためのマネージメントが民間の方法から導入された。

3については、限られた予算を何に優先的に使うかを考える動きと連動。例としては世銀の93年World Development Reportで、ミニマム・エッセンシャルなサービスのパッケージを作ってそれに優先的に予算配分していくというもの。しかし、効率に基づいた優先順位の設定は、Verticalな実施になってしまいがち、病気によって治療されたりされなかったりするといった批判も。

ブルキナファソでは1991年に構造調整プログラムがはじまり、保健分野でもCost recovery、分権化、基礎的医薬品(ジェネリック)の導入、民間病院の自由化などが行われた。この結果、よい結果としては、保健分野への支出が増えた、プライマリケア施設へのアクセスが向上した、医療従事者の人数が増えたことがある。一方負の結果としては、増えたと言っても保健セクターの一人あたりの支出は低水準、プライマリケアへの予算のシフトが見られなかった、薬剤師がプライベートセクターに流出した、医療従事者の増加は都市部に集中した、プライマリーサービスでの公的施設の利用が減った、などがあった。

これは、貧困層にFinancial barrierがあったこと、サービスの質が低かったためである。原因は、トレーニングの不足、品質管理体制の欠如、中央の役人がサービスを統制する能力がなかった、分権化が中途半端だったこと。

こうした事例などもふまえ、HSRには、ドナー主導で実施が十分でなかったとか、マーケットの理論が正しいのか必ずしも証明されていなかったのに導入したとか、管理能力が欠如していたとか、トランザクションコストが新しい構造では非常に高くついたとか、の批判が起こった。

最近の傾向としてでてきているのは、Private Finance InitiativeやNGOへのコントラクトアウトで、ユーザーフィーについてはむしろ後ろ向きな傾向。

国際的な動きとしては、Health System Performance Assessment(WHO)、Commission for Macroeconomics and Health (2001), Reaching Poorへのフォーカス、ジェフリー・サックスやウォーレン・バフェットなど影響力を持った個人の台頭、スケーリングアップへのフォーカスなどが起こってきている。

ということで、流れとして分かりやすくまとまっていたと思います。一行で触れられているいろんな報告書や出来事など、きちんとフォローするとかなり大変ですが、Macroeconomics and Healthなんかは一度ちょっと概要を調べてみたり、委員だった方に話をきいたこともあり、もう一度調べてみたいと思いました。

ポイントは、効率性の追求はえてしてInequityを拡大すること、効率性といっても十分効果が実証された手法はそうはないこと、でしょうか。しかし、開発は正解のない世界であるとはいえ、そのときそのときに正しいと思われたことをそのつど実施して、まるで途上国で実験をしているような印象を受けてしまいます。まだうまく行ってればいいのですが、必ずしもそうでないとなると、もっと冷静な議論があったんじゃないか、なんて思ってしまいますが、そのときには研究期間や専門家が十分議論したはずなんですよね。今できることは、過去を素直に反省することだけですが、世銀も他の国際機関もどれだけ教訓や反省を得ているのか、疑問に思ってしまいます。

このレクチャーをふまえて、午後はアフガニスタンでの保健サービスのNGOへのコントラクトアウトについて、事例を読んで議論するというもの。アフガニスタンのような紛争後の国作りの時期においては、コストはかかってもこうしたNGOへのコントラクトアウトは効果的だと思いますが、過去にはカンボジアや東チモールではあまりうまくいかなかったこともあったようです。(電文だけなのできちんと調べる必要あり。)一方で、国としてのサービスを強化する必要がないのかについては、配布された事例の中で、コントラクトアウトの経費がどの程度なのか書いてなかったので分からなかったのですが、多分高いと仮定すれば、将来的には自前の安いサービスを作ることも必要な気がしました。ただ、他の途上国のように質の伴わないものを作るよりは、成果主義に基づいたNGOとの契約という形を将来取り続けるのも一つの方策かとも持ってしまいます。本当に検討するためには、さらにたくさんの事例やデータがないと難しそうです。1時間半の議論では、基本的な考えられるオプションを議論するだけでした。

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