【ホームズゆかりの地】「クラパムノース(Clapham North)」モースタン嬢とホームズ、ワトソンがショルトー邸への経路で通ったプライオリ通りとは?

Clapham North Station

Clapham North Underground Station P17

訪問日:2007年5月6日

今回はクラッパムノース駅周辺のゆかりの地の紹介なのですが、「四つの署名」で、モースタン嬢とホームズ、ワトソン博士がたどった経路について見ていくことにします。 

1.Priory Grove, SW 8

クラッパムノース周辺が登場するのは「四つの署名」となります。

「四つの署名」は、メアリー・モースタン嬢のもとに、父モースタン大尉の失踪後、毎年真珠が送られてきて、ついに次のような電報を受け取ったことから、ホームズとワトソン博士に助けを求めました。

『今夕七時、ライシアム劇場そとの左より三本目の円柱まで来られよ。あなたは不当に不幸な仕打ちを受けている女性だから、正義の補償をうけるべきである。疑わしければ二人の友人を同伴されよ。ただ警官を伴ってはいけない。そんなことをすればすべては空しくなるだろう。あなたの未知の友より』

 

そしてライシアム劇場から馬車に乗せられサディアス・ショルトー邸へと連れられていきました。その経路の一部が今回紹介するクラッパムノース駅近くのプライオリ通りとなります。

 

ホームズゆかりの地めぐりのガイド役、「Finding Sherlock’s London」ではこのように記載されています。

In The Sign of Four, the cabman driving Holmes, Watson, and Miss Morstan from the Lyceum Theatre to Cold Harbour Lane in Lambeth, passed down Priory Grove.

 

あらためて延原謙さんの訳で、テムズ川を渡ってからの経路を確認してみましょう。

「ワンズウォース通りだ。プライオリ通り、ラークホール小路、ストックウェルの広場、ロバート街、コールドハーバー小路、――あんまりぞっとしないところへつれこむな」 馬車はほんとにいかがわしくも、怪しげな街区へと乗りこんでいた。両がわには暗い煉瓦づくりの建物が続いて、わずかに角々の酒場だけが、けばけばしく下品に照り輝いているばかりだった。それぞれ小さな前庭をもつ二階建の家なみがあるかと思うと、そのつぎには煉瓦の色もま新しい新築の建物が、はてしなく続いている。

 

最終目的地のサディアス・ショルトー邸については、ホームズの地理学の大家、バーナード・デーヴィースさんの案内により、候補となる家を見に行ったことがあります。

 

終着点をここと仮定すると、ホームズが言っているワンズウォースから、プライオリ、ラークホール、ストックウェル広場、コールドハーバーというのが微妙につながらないように思います。

特に今回紹介するべき、プライオリ通りがネックとなります。

というのも、正典ではプライオリ通りの記載は「Priory Road」となっていて、「Finding Sherlock’s London」での記載は「Priory Grove」になっているのです。

正典にあるPriory Roadですが、Google Mapで検索してみると、現在、ロンドン界隈にはいくつかのPriory Roadが存在します。

今回のルートに近いところでも2カ所あって、一つがこちら。

 

 

もう1カ所がこちら。

 

この2カ所とも、今回の道筋よりもだいぶ南にいってしまい、明らかに前後の道とのつながりが悪くなってしまうのです。

 

その結果として、「Finding Sherlock’s London」に出てくるPriory Groveであれば、比較的すんなり前後の道とつながることとなります。

 

Priory Groveには実際にいってみています。どちらかというとStockwell駅に近いような気がしましたが、なんとかたどり着くことができました。

Priory Grove

 

Priory Grove

 

Priory Grove全体は下記の地図の通りですが、写真は一番南側から撮影しています。

 

ただ、これには異説もあり、ホームズの地理学の大家であるバーナード・デーヴィースさんによれば、Wandsworth RoadからLansdowne Roadに入る最初の部分がPriory Roadだったとおっしゃっています。

古い地図で確認してみたところ、確かにPriory Roadとなっていました。

Priory Road

彼の説では、上記のようなルートで馬車が走ったことになりますが、これであるとLarkhall Laneは五叉路で一瞬入るだけとしています。

というのも、「ストックウェルの広場(Stockwell Place)」という通りも実在しておりませんが、バーナード・デーヴィースさんによれば、これは通りの名前ではなく場所を意味しており(Clapham RoadとStockwell Roadの北東の角。)、そこに至るためにはLarkhall Laneは通らず、Binfield Roadに入ると、その付き上がりあたりがStockwell Placeとなるからです。ただこの点では異説もあり、先輩シャーロッキアンで「シャーロック・ホームズと見る ヴィクトリア朝英国の食卓と生活」の著者である関矢さんによれば、1865年の地図に拠ればStockwell PlaceはStockwell Roadの西側にあったとのことです。

 

この他、ロバート通りというのもおかしいのですが、これは註釈付きホームズ全集で有名なベアリング・グールド氏によれば、1880年にPark StreetとRobert Streetを合わせて現在のRobsart Streetと改名されたとのことです。ホームズが通ったときの8年前なので、ホームズは昔の名前で呼んでいたということかもしれません。

上記をもとに、Google Mapで全体の経路を繋ぐと次のような経路となります。(プライオリ通りについてはデーヴィースさんの説を採用し、Priory Groveは曲がり角を通り過ぎるだけの進路にしています。)

 

実はこの行程については、これまで多くのシャーロッキアンが議論を重ねているのですが、やはり決定版は上記でも多々引用しているバーナード・デーヴィスさんの論文「Doctor Watoso’s Deuteronomy」となるかと思います。行き先の家まで特定しているところがすごいところ。

同論文の初出は1990年のロンドン・シャーロック・ホームズ協会の機関誌であるSherlock Holmes Journalですが、彼の論説集である「HOLMES & WATSON COUNTRY – Travel In Search of Solutions Volume 1」にも収録されています。

 

Tomo’s Comment 

 今回は、プライオリ通りだけではなく、「四つの署名」で、モースタン嬢に付き添って、ライシアム劇場からサディアス・ショルトー邸までの経路について触れてみました。

本ブログでの「ホームズゆかりの地」の紹介が、地下鉄駅毎にまとめているため、今回のような一連の経路についても、それぞれ別の場所で登場することになります。従って、今回説明した経路については、今後も重複して書いていくことになるかと思います。

こうした一連の経路を最初から最後までたどってみるというのも楽しい企画だと思います。徒歩ではかなり時間がかかりますので、自転車で巡りながら現場検証をしてみるのが良さそうに思います。

経路ものとして楽しそうなのは、他には同じ「四つの署名」にある犬のトビイを使った追跡劇や「青いガーネット」でホームズとワトソンがガチョウの行方を探る捜査過程などがあります。

 

南ロンドンのホームズゆかりの地はこちらでも紹介しています

【ホームズゆかりの地】ロンドン・ホームズ協会主催・南ロンドンツアー(前編)「四つの署名」のショルトー兄弟の家を探索

【ホームズゆかりの地】ロンドン・ホームズ協会主催・南ロンドンツアー(後編)「緋色の研究」のジョン・ランス巡査の家へ!

【ホームズゆかりの地】「クラパムサウス(Clapham South)」メラス氏がギリシャ語で通訳をしたあとに置き去りにされたワンズワースコモン。

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