【ホームズ地理学】2018年JSHC東京セミナーで「シャーロック・ホームズの地理学の実践」というタイトルで発表

ロンドン古地図

私が所属しているホームズ団体は二つあって、一つがロンドンシャーロック・ホームズ協会、そしてもう一つが日本シャーロック・ホームズ・クラブとなります。

ロンドンの協会は10年前にロンドンに住んでいたときはいくつかのイベントにも参加していたのですが、帰国後はもっぱら毎月メールで送られてくるThe District Messengerというニュースレターと年に二回送付されるSherlock Holmes Journalを楽しんでいるだけです。

従って、よりアクティブに参加できているのは日本シャーロック・ホームズ・クラブ。毎月の例会と年に二回の全国大会、夏の軽井沢セミナー、春の東京セミナー、会誌を梱包・発送する「大発送」などに都合がつく限り参加するようにしています。(といっても出張その他で思うように参加できてないのですが。)

 

これまでの発表歴

ホームズクラブは学会、研究会ではなく、ホームズを愛する人の集まりなのですが、そうは言っても海外のシャーロッキアン同様、研究活動も盛んで、大会やセミナーではそうした研究の成果が発表されます。(研究と言っても固いものから柔らかいものまでバラエティ豊かで、その幅も楽しみの一つです。)

40年の歴史のあるクラブで、10年前に入会した私はまだまだ若輩、発表するなんておこがましいと思っていたのですが、声をかけていただいてこれまで二回ほど発表する機会がありました。

初めての発表は2015年の軽井沢セミナー。

このときはロンドンの代表的なホームズスポットを一日で回れるぐらいの分量でまとめてみるという感じの発表。

長沼弘毅さんのいうところの、

本格的研究にはいる前に、軽いウォーミング・アップをした程度のものです。従って、できるだけ初心の読者にもおわかり願うように気を配って書きました。しかし、内外を通じてその道のくろうとにお読みいただいても恥ずかしくないようにとも、心がけました。

といったところでしょうか。

 

続いての発表は同じ年の10月の例会での発表です。

こちらでは、これまでのホームズ関連の旅行やゆかりの地訪問、そして最後に「三破風館」の場所の推理について2時間弱の発表をしました。

なんだか関連の経験というか持ちネタを概略ですがすべてさらけ出してしまったような気がして、これ以上発表ネタがないかも、といった気持になったものです。

 

その後旧ブログの記事を少しずつこちらのブログに移す際に、考察を深めつつ補強して書き直した記事がたまってきたこともあり、今回東京セミナーでの発表を依頼されたときは、これらのネタから発表ができました。

実際どうやってるのか、ということも紹介したかったので「地理学の実践」というタイトルとしました。

 

東京セミナーでの発表

すでにブログ記事を読んだことがある人もいるかもしれないと思い、まだブログに書いていない「ゆかりの地」について発表することも考えたのですが、今取り組んでいるのが鉄道絡みのネタで、基礎知識から勉強し直していることもあって、とてもセミナーまでにものにできなそうだし、鉄道ネタになってしまうとややずれるかなとも思ったので、これまでブログに書いた二カ所のゆかりの地について、ブログで書いたさらに先の考察までして発表することにしました。

 

ただ、せっかくセミナーという場でもあるので、自分が何で地理学が好きで、どんな影響によってどんなスタイルで取り組もうとしているのか、といったことも前段で紹介させてもらうことにしました。

 

まずは自己紹介的にホームズ歴について紹介させてもらいました。

  • 小学校時代:バスカヴィル家の犬を読みホームズに開眼 
  • 中髙時代:小林さん・東山さんの本を読み漁る グラナダホームズに夢中に
  • 大学時代:ロンドンに3回渡航。ベーカー街ばかり行く。 
  • 「名探偵読本SH」を読み入会を志すも、60×4問のクイズの答えを全て終えられず断念 
  • 社会人時代:細々とホームズ研究(大空白時代) 
  • 2006年:JSHC入会。ロンドン留学が決まる。SHSL入会 
  • 2010年:JSHC全国大会準備委員としてデビュー
  • 2015年軽井沢セミナーで発表「ロンドンホームズ必見サイトーロンドンホームズ一日ツアーを計画!」(ロンドンのホームズ関連のオススメの場所を紹介)
  • 2015年東京例会発表「シャーロック・ホームズの地理学」(これまでのホームズゆかりの地関連の経験を一挙紹介)
  • 2017年「ホームズの世界」寄稿随想「ホームズクラブでの10年」

 

「ホームズの地理学」好きになった経緯も少し紹介しています。

  • 「シャーロック・ホームズ17の愉しみ」:「ベーカー街の裏庭」でホームズ研究に開眼
  • ロンドン大学留学:勉強の気晴らしにホームズゆかりの地へあちこち散歩(「Finding Sherlock’s London」を元に探索。)
  • Bernard Daviesさんとの出会い:地理学の大家のホームズツアーに参加

ちなみにDaviesさんの南ロンドンツアーについてはこちらで紹介しています。本当に参加できてよかったツアーでした。

 

そして地理学に取り組むにあたって影響を受けたこととして、ロンドン大学衛生熱帯医学校で習った疫学のことなども紹介しつつ、エビデンスベーストでありたいこと、現場を重視したいことなどを説明しています。

疫学については、元々地理とか地図が好きだったこともあって、ジョン・スノーのコレラマップの話(疫学の授業の冒頭で習います)にとても感銘を受けたというお話し。

ジョン・スノーというのは疫学の父と言われていますが、ホームズの生まれるちょっと前にロンドンに流行したコレラの対策を行った人物です。

彼はコレラにかかった人の家を訪ねて、それを地図に落とし込んでいき、流行地と井戸の関係性に目を付け、井戸のハンドルを外してコレラを収束させました。(実はハンドルを外したことが直接の収束の原因ではないという説もあるのですが、それは今回はおいておきました。)

そのコレラマップがこちらです。

コレラマップ

 

このコレラ患者の家が集中している場所の中心にある井戸のハンドルを外したのですが、その井戸(実はレプリカですが)がこちらです。

ハンドルのない井戸

 

この通りですが、発表後にロンドン在住の先輩会員Sさんより、BBC「シャーロック」シーズン1の最初の話、「ピンクの研究」で、タクシーの追跡を始めた場所で、シャーロックとジョンが食事をしていたレストランがこの通り(Broadwick Street)にあるとのこと。さすがお詳しいです。

私もいずれホームズゆかりの地シリーズを終えたら、シャーロックゆかりの地も検証していきたいと思います。(一部やってなくはないのですが。)

ということで、発表内容からは離れますが、もう一度「ピンク色の研究」を見直してみました。

二人が食事をしていたレストランは「Tapas Brindisa Soho」というスペインレストラン。

Tapas Brindisa Soho

BBCシャーロック「ピンク色の研究」より

(C)Colin Hutton(C)Hartswood Films 2010 John Rogers(C)Hartswood Films 2010

 

レストランの場所はこちらです。

 

確かにこのすぐ右側にJohn Snow Water Pumpというのが見えます。(上の写真の井戸ポンプです。)

 

ただこのタクシー追跡のシーン、シャーロックの頭の中の地図と実際のレストランの位置関係がちょっとおかしなことになってるような気がします。

このレストランから外の通りを見ていて、タクシーが向かった方向は、上の地図で言うと南に向いた通り(Lexington St)を南に、のはず。

画像的にもこちらと一致しています。シャーロックとジョンが食べていたレストランの窓の外を見たときと同じ角度からの写真です。

 

つまり追跡は基本的に北から南方向になるはずなのですが、このときシャーロックの頭に浮かんだ地図に従うと、南から北に追跡していることになりますし、そもそも追跡の起点がBroadwick Streetですらありません。

シャーロックタクシー追跡地図

BBCシャーロック「ピンク色の研究」より

(C)Colin Hutton(C)Hartswood Films 2010 John Rogers(C)Hartswood Films 2010

 

実際のレストランの場所と追跡ラインがまったくかすってもないですね。考えられることとしては、この地図の始まりはレストランではなくて、タクシーがレキシントン通りを南に進んでどこかで曲がって北に向かった地点を起点にしていたという事なのかもしれません。(レストランからその地点までははしょってある。)

 

ということで、脇道にそれましたが、疫学の発端が地図絡みと言うことで、疫学にもすっと入って行けたし、本業である公衆衛生の世界でも地図を使ったアプローチにはいまだに興味があって、現在も地理情報システム(GIS)学会に所属したりしています。

 

もう一つ公衆衛生を学んだことからの影響としては、エビデンスに基づくと言うこと。元々は医療の世界の考え方で、エビデンスベーストメディシンという言葉が由来になっています。

医師の個人的な経験や慣習などに依存した治療法を排除し、科学的に検証された最新の研究成果に基づいて医療を実践すること。1990年代に提唱され、西洋医学の医療において重要視されている。(デジタル大辞泉)

今では医療、公衆衛生だけではなく、政策策定などもエビデンスを用いるというアプローチがなされています。(現実は必ずしもそうなっていないのですが・・・。)

ホームズの研究についても、できるだけ客観的な資料やデータに基づきたいということと、過去の研究はできるだけ踏まえたい、と思っています。ただあまり突き詰めると何も言えなくなってしまうのが残念なところ。ワトソンは女だった、といった大胆な結論はなかなか出せないのですが、いずれ何らかの根拠が見つかることを信じて、あまり力技には頼らないやり方でやっていきたいと思っています。(とはいえ、ワトソンが場所の正確な位置を偽って書いていることが多いので、力技になるところも多々あるのですが。)

 

そして最後は現場が重要であるということ。やはり現地に行ってみないと分からないことがたくさんあるというのは、どの世界でも同じで、ホームズも現場に必ず急行していたことからも重要なことが分かります。

 

ここまでが前段で、後段ではこうした考えに基づいて実例として2カ所のホームズゆかりの地について説明をしました。

一つ目がワレン夫人の下宿、二つ目がレバナム荘。それぞれ「赤い輪」と「六つのナポレオン」に登場するのですが、まったく有名な場所でもありませんし、多分会場にいたシャーロッキアンでも、あまりこれらがどこにあったのか気になった人もいないようで、やや(カイジ的に)ざわざわした感じに。

カイジ1巻71ページ

賭博黙示録カイジ1巻71ページより

 

実際、アメリカ、イギリスのシャーロッキアン雑誌や研究書を見ても、ワレン夫人の方は二人関心を持った人がいましたが、ベクナム荘についてはほとんど調べている人はおりませんでした。

 

この二カ所の探索にいては、すでに次の二つの記事で検証していますが、今回の発表ではさらに踏み込んでいる部分もありますので、いずれ追記していこうと思っています。

 

 

Tomo’s Comment 

発表後、何人かの方から面白かったとの感想をいただけました。

普段あまりホームズの話をする機会がないので、これだけマニアックな場所の探訪がどれだけ面白く聞いていただけるか心配だったので、ちょっとほっとしたところです。

しばらくロンドンに行く機会はなさそうなので、引き続き文献とネットで研究をしていきたいと思いますが、いずれまたロンドンに戻って実地を訪問してみたいですね。

そのときにはきっと見るだけではなく観察もできるようになっていることでしょう。

 

「君はただ眼で見るだけで、観察ということをしない。見るのと観察するのとでは大ちがいなんだぜ。たとえば君は、玄関からこの部屋まであがってくる途中の階段は、ずいぶん見ているだろう?」

「ずいぶん見ている」

「どのくらい?」

「何百回となくさ」

「じゃきくが、段は何段あるね?」

「何段? 知らないねえ」

「そうだろうさ。心で見ないからだ。眼で見るだけなら、ずいぶん見ているんだがねえ。僕は十七段あると、ちゃんと知っている。それは僕がこの眼で見て、そして心で見ているからだ。

(新潮文庫版「ボヘミアの醜聞」より)

 

ホームズ地理学についてはこちらでも

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