先日、シャーロック・ホームズの全集に註釈付きというものがあり、その最も新しいのがLeslie Klingerさんのものと紹介しました。
上のエントリーで、私がロンドンで最初に購入したのは大判の3冊もの(ノートン社によるもの)だったことを紹介しているのですが、その後、このもととなっている10巻本(ガソジーンブックによるもの)があって、そちらの方がより詳細な註がのっているという話を聞きました。
ホームジアン(シャーロッキアン)としては、研究に不可欠な持っておくべき本だと思い即購入したのですが、これがすばらしい全集でした。
ノートン版3巻とガソジーンブック版10巻
3巻のノートン社版の基になったと書いたのですが、実際は10巻が同時に出版されたわけではなく、全10巻が揃う前に3巻本が出ていたようです。
私がノートン社版を買ったのが2006年か2007年頃のロンドン留学時代で、短編集2巻が2004年、長編集1巻が出たのが2005年だったので、比較的出てすぐに購入したことになります。
その後、10巻本がある事を知ったのは、2009年に第10巻が刊行されたときでした。
ホームズについて詳しい人は、10巻と聞くと、おかしいと感じるかと思います。
ホームズ作品の総数は長編が4,短編が56となっていますが、短編集がまとまった単行本は「冒険」、「思い出」、「帰還」、「最後の挨拶」、「事件簿」の5冊となり、長編と合わせて9冊となるのです。
ではこのクリンガーさんの註釈付きの10巻目がなんなのかと言うことなのですが、上にあげた9巻の正典に対して、これには含まれないもののホームズ(もしくはホームズらしき人)が登場しているドイルによる作品群(60編を正典=Cannonと呼ぶのに対して外典=Apocryphaと呼ばれたりします)を集めたものです。
第10巻が出たのが2009年だったのですが、そのときはてっきり正典の9巻はいっぺんに出版され、その後9巻をベースに引用を減らしてシンプルな註がついたノートン版3冊が出て、しばらくしてから外典が付け足されたものと思っていました。
改めてアメリカのAmazonで全10巻の刊行年を見てみると、
- The Adventures of Sherlock Holmes、1998年12月
- The Memoirs of Sherlock Holmes、199912月
- A Study of Scarlet、2001年1月
- The Hound of the Baskervilles、2002年1月
- The Return of Sherlock Holmes、2003年2月
- The Sign of Four、2004年1月
- The Valley of Fear、2005年1月
- His Last Bow、2006年1月
- Case-Book of Sherlock Holmes、2007年1月
- The Apocrypha of Sherlock Holmes、2009年1月
となっていました。
従って、時系列的にはこの10巻のシリーズ刊行中の真ん中あたりでノートン版の3冊が出たということのようです。
実際にどちらが先に執筆されていたのか、気になったのでノートン版の前書きを見てみると、そこには9巻のReference Libraryについての言及があり、やはり9巻本が先にあったということのようにも思えます。
でも、手元にあるHis Last Bowを見てみると確かに2006年に出ているようだし、Case-Bookも2007年となっています。手元にあるバージョンとは別のバージョンがあったとか???
Leslie Klingerさんのウェブサイトに行っても、各巻の刊行年についての情報はありませんでしたし、ネットで探してみたのですが、よく分かりませんでした。
この辺の謎については、またあらためて詳しそうな方々にうかがってみたいと思います。
[追記]
日暮雅通さんの本を読んでいたらこの経緯について触れられていました。
注釈者・編者のレスリー・クリンガーは、一九九八年から”The Sherlock Holmes Reference Library”と称する新・註釈付きホームズ全集をマイナーな出版社ガソジーン・ブックスで出し始めていたのだが、それがまだ完結しないうちに、大手ノートン社から”The New Annotated Sherlock Holmes”を出したのだった。(P036)
やはりノートン版が出たときには、最後の挨拶と事件簿はまだ出る前だったようです。
ノートン版とガソジーンブック版の註の違い
ノートン版よりも詳しい註がついているというのがガソジーンブック版という話を聞いていたので、試しに「緋色の研究」で比べてみました。
まず註の総数ですが、ノートン版の274個に対してガソジーンブック版は299個と、やはりガソジーンブック版の方がかなり多いことがうかがえます。
また個々の註について、例えばイナック・J・ドレッバーの殺害現場であるローリストンガーデン3番地についている註をみるとノートン版とガソジーンブック版とでは、Bell説、Harrison説、Prestige説、Davies説をとりあげているのは同じですが、ガソジーンブック版の方が、それぞれの説からの引用が長くなっています。ただ、ノートン版の方がDavies説についてはより詳しく書いてありました。
それ以外の大きな違いとしては、ガソジーンブック版に比べてノートン版の方が圧倒的に挿絵や解説のための写真・絵の数が多くなっています。
すべての作品の全ての註を比べたわけではないのですが、概ね「緋色の研究」と同じ傾向かと思います。
Tomo’s Comment Follow @tommasteroflife
ということで、二つのバージョンについて見てきましたが、一概にどちらか一方があれば良いとの結論には至らないかと思います。
註に関してはガソジーンブック版に軍配が上がりますが必ずしもそうではないケースもある、写真・図説に関してはノートン版の方が豊富です。
またガソジーンブック版は外典もシリーズに収められている点は、ノートン版のみならず、ベアリングーグールド版やオックスフォード版にもない特徴かと思います。
結論としては、両方持っていて良かったということになりますでしょうか。
ところで、クリンガー氏の註付き全集に関しては、中国でも話題となっていたようで、その騒動の中で、クリンガーさんがグールド版をどうとらえていたのかについても触れられていて参考になりました。
興味のある方は下記リンク先の3記事を読んでみると面白いかと。
ホームズ研究書はこちらでも紹介中
【ホームズ】レスリー・クリンガーさんによる注釈付シャーロック・ホームズ全集 「The New Annotated Sherlock Holmes」はホームジアンの基礎文献です。
【ホームズ】ホームズの尽きせぬ魅力が伝わる一冊。「シャーロック・ホームズを100倍楽しむ本」
【ホームズ】ホームズ地理学の大家バーナード・デイヴィスさんの”Holmes and Watson Country”を注文
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