「ピンク色の研究」より
(C)Colin Hutton(C)Hartswood Films 2010 John Rogers(C)Hartswood Films 2010
BBCドラマ「シャーロック」を見て原作のシャーロック・ホームズに興味を持った人のためのシャーロッキアン講座。
第一作の「ピンク色の研究」の冒頭からレビューしてきておりますが、やっとシャーロックとジョンの出会いのシーンにたどり着けました。
以下、BBCドラマ「シャーロック」と原作「四つの署名」の一部ネタバレを含みますのでご注意ください。
ジョンの家族関係をスマホから推理したシャーロック
シャーロックがなにやら実験をしていた聖バーソロミュー病院の実験室に、スタンフォードに伴われたジョンがやってきます。
スタンフォードにスマホを貸して欲しいとお願いするシャーロックですが、スタンフォードが持っていなかったことから、ジョンが彼のスマホを貸してあげることに。
すると突然ホームズがジョンに尋ねます。
アフガニスタンかイラク?
ジョンは困惑します。このくだりについてはすでにこちらの「ワトソンとアフガニスタン戦争」でも少し書きましたが、改めて書く予定です。
その後もジョンは何も話していないのにジョンが同居人候補である事を見破り部屋を見に行くことを誘いました。
ジョンは「お互いのことも部屋の住所も知らない」と返すのですが、ここでシャーロックはこのように答えます。
君は軍医で負傷して帰国
兄がいるが助けを求めない。彼の飲酒癖のせいかな。
兄は最近妻と別れた。
セラピストいわく君の脚は心因性。
これで十分だろう?原作のホームズとの出会いを彷彿とさせつつ、シャーロックの不思議な能力に驚くジョンの様子を見て、我々もまたシャーロックの卓越した観察力・推理力を知ることになる名シーンだと思います。
上記の推理のうち、兄に関する部分。後に事件現場に向かう車中でシャーロックが種明かしをしていました。
君の携帯は高級モデルだ。
経済状況かあして贈られた物だ。
鍵や小銭と一緒にポケットに入れた傷が。君は乱暴じゃない。前の所有者がやった。
次は簡単だ。彫り文字(Harry Watson from Clara xxxと彫られています)?ハリー・ワトソン 家族だ。
父親じゃない。若者の道具だ。
従兄か?だが住居に困ってるなら親しい親戚はいない。つまり兄だ。
クララとは?キスの印入り。(英語ではxxxでキスを意味します。)妻からの贈り物だな。
半年前のモデルだ。ここ半年で不仲になり妻の贈り物を弟にやった。彼は妻を捨てたんだ。
連絡を取りたくて弟に贈った。君は住居の件で兄に助けを求めない。
問題があるんだ。義姉が好き?飲酒癖か?
ジョン「なぜ飲酒癖だと分かった?」
そこは当て推量。充電端子の周りに傷がある。手が震えるからだ。典型的な酒飲みの携帯だ。
懐中時計からワトソン博士の家族関係を推理したホームズ
原作のホームズもワトソンの持ち物から彼の家族関係を推理したことがあります。
「ピンク色の研究」は全体的に原作の「緋色の研究」をモチーフにしていますが、この推理については「緋色の研究」ではなく「四つの署名」のシーンに題材をとっています。
推理のきっかけはワトソン博士がホームズに挑戦したこんなシーンでした。
「君はいつか、人間というものは日常使っている品物に、どこか個性のあとがあらわれるから、熟練した観察者ならば、それによって容易に鑑別がつくものだといったね? 僕は近ごろこんな懐中時計を手にいれたが、この時計のもとの持主がどんな性格や習慣をもった人物だったか、それを当ててみたまえ」 とてもできない話だと思ったから、私はちょっといい気持になってその時計をホームズにわたしてやった。
(中略)
「この時計は君のお父さんから兄さんに伝わっていたものだと思う。」
「裏にH・Wと彫ってあるからだろう?」
「そうさ。Wは君の姓だ。製作日付は五十年ばかりまえで、彫りこんだ頭文字もおなじくらい古くなっている。つまりこれは、われわれの親の代の代物なんだ。貴重品というものは親から長男にゆずられるのが普通で、その長男は父親とおなじ名をあたえられていることが多い。君のお父さんはたしか、だいぶ前に亡くなったとか聞いている。だからこの時計は、君のいちばん上の兄さんが持っていたのだ」
「そこまでは間違いない。それだけかい?」
「兄さんは不精な人――ひどく不精でずぼらな人だった。いい前途をもちながら、いくたびか機会を逸し、時には金まわりのいいこともあったが、たいていは貧乏で、おしまいには酒を飲むようになって、亡くなった。わかるのはそんなところだね」これを聞いてワトソン博士は、ホームズが事前に死んだ兄のことを調べておいてその兄を人身攻撃したと立腹するのですが、ホームズがあわてて説明をします。
「じゃどうしてそれがわかったんだい? すべての点において事実通りだぜ」
「運よくあたったのさ。僕はただ確率の法則の示すとおりをいっただけなんだが、こうまでピタリと的中しようとは思わなかった」
「じゃ単なる推量じゃなかったのかい?」「僕はあて推量なんかしたことはない。あて推量はおそるべき悪習だ。論理的才能に大害をおよぼす。(中略)
「たとえば、僕は君の兄さんをずぼらな人だといったが、時計の下部を見ると、二カ所ばかり凹んだ痕があるし、また銀貨だの鍵だの堅いものといっしょくたにポケットへ入れておくとみえて、いたるところ小さな瑕だらけだ。五十ギニーもする時計を、こんなに乱暴に扱うような人は、ずぼらと断じたからって、自慢にゃなるまい。のみならず、こうした高価なものを遺されるほどだから、ほかにもかなりの資産を遺されたものとみても、けっして不自然じゃあるまい」
「イギリスの質屋では、時計を質にとると、ピンのさきでふたの内側に質札の番号を彫りつけておくのが普通の習慣になっている。そうしておけば紙札のようにはがれて紛失したり、いれちがったりして間違う危険がないからたいへん便利だ。レンズで見ると、そういう番号が四つだけある。そこで君の兄さんは、ときどき金に困ったという推論が出るのだ。時々は金まわりがよくなったこともある。そうでなければ質草を出せない。それから最後に、ねじを巻く孔のある中蓋を見てくれたまえ。孔の周囲は鍵をさしこみそこねてつけたかき瑕だらけだ。素面の人がこんな瑕をつける道理がないじゃないか。酔っぱらいの時計には、必ずこの瑕がある。おぼつかない手つきで、夜巻くものだから、こんな瑕をこしらえるのだ。こう考えてくれば、僕のいったことにすこしも不思議はないだろう?」
二人の推理の共通点
推理の材料はスマホと懐中時計と違うのですが、多くの共通点があってシャーロッキアンとしては面白く見られるシーンとなっています。
まず現代人々が常に身につけている道具の代表がスマホなのですが、当時は懐中時計がそれに近い存在だったことが分かります。
そして今も昔もずぼらな人は小銭と一緒にポケットにつっこんで持ち歩いて傷をつけてしまうという共通点もありました。
面白いのは充電とねじ巻き。ともに携帯電話と懐中時計にエネルギーを与える仕組みですが、ここの傷から二人のホームズが飲酒癖を見抜いたというのも面白いところですね。
当て推量については一見二人の意見は違っているように見えます。シャーロックは飲酒癖と言ったのは当て推量と言っていますが、ホームズは当て推量なんてしたことがない、と言っています。しかし、実はシャーロックが飲酒癖と見破ったのは決して当て推量ではなく充電短詩周りの傷を根拠にしていたのです。つまり完全な当て推量ではなく知識に基づいた推理をしているわけです。
二人とも典型的な酔っ払いの作る傷について熟知しているところはさすが犯罪を研究しているだけあります。また携帯電話と懐中時計についてもその価値や作られた時期が分かるほど知識が豊富であることが分かります。
Tomo’s Comment
ジョンはシャーロックの兄に関する推理をを聞いて「すばらしい推理だ」と感心します。シャーロックが少し意外そうな、しかしちょっと嬉しそうな表情をします。これは原作でもワトソン博士の役どころとして、ホームズの話を聞いて感心することでホームズの役に立っているという立場に近い物を予感させます。
原作「四つの署名」でも種明かしを聞いたワトソン博士はこんなリアクションをしています。
「よくわかった。君にはすまないことをしたね。君の驚くべき才能をもっと信頼すべきだったと思う。」
しかしながら、原作との大きな違いはハリー・ワトソンは兄ではないということ。
このことにも関わらず「すばらしい推理だ」と言ってあげられるジョンが素敵です。
*本ページの画像引用はBBC制作のドラマ「Sherlock」シーズン1エピソード1の「ピンク色の研究」からとなっています。原作は延原謙訳「四つの署名」からの引用です。
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