【ホームズ地理学】ロンドンのホームズとドイルにゆかりの地を紹介する「Close to Holmes」。ドイリアン的視点もあり良書でした。

Close to Holmes

 

ロンドンに一年住む機会があったのですが、その際に愉しんでいたのがホームズゆかりの地巡りでした。

ホームズ作品60編に登場する場所をとにかく歩いて回るというもので、総計200カ所ほど行ったでしょうか。

その後もホームズの地理学として、ゆかりの地研究を続けています。参考となる書籍もいろいろと集めていますが、こちらはそんな中でも面白い視点が得られた本と言うことで紹介したいと思います。

 

シャーロッキアン、ホーメジアンとドイリアン

本書の特色を紹介する前に、シャーロッキアンもしくはホーメジアンについて説明しておく必要があります。

シャーロッキアンというのは日米での呼び方で英国ではホーメジアンと呼ばれていますが、世間一般で言えば「ホームズが好きな人」ということでよいと個人的には思いますが、狭義にはホームズが実在したという前提でホームズ作品について研究する人々ということになるかと思います。

シャーロッキアンやホーメジアンにとって、ホームズ作品を書いたのはワトソン博士であって、コナン・ドイルは、出版代理人として原稿を出版社に紹介していた人という扱いとなっています。

一方で、コナン・ドイルがホームズ作品の著者であるという観点で研究する人がドイリアンとなります。

このあたりの定義やアプローチについては、2019年5月号のミステリマガジンの特集「シャーロック・ホームズアカデミー」の日暮雅通さんの誌上講座でわかりやすく解説されています。

さらに「ホームズ物語を題材としていても、ヴィクトリア時代の事物や風俗だけを引き抜いて研究するのは”ヴィクとリアーナ”と呼ばれる」(上記のP012から)ことも書かれています。

(ついでながら、Holmesianの発音がホームジアンではなくホーメジアンということもこちらで知りました。私も最初はホルメジアンだと覚えていたのですが、何かの機会にホームズと同様Lは発音しないと認識し、ホームジアンと表記していました。これからはホーメジアン表記にしていこうと思います。)

 

ちなみに、私の研究アプローチは上記のうちシャーロッキアンにあたるかと思います。ヴィクトリア時代のことも必要に迫られてあれこれ調べはしていますが、そちらが研究対象と言うことではなくあくまでホームズの研究のために調べるといった幹事です。

 

ドイリアン的アプローチによるホームズ地理学

なぜ、シャーロッキアンとドイリアンについて語ったかというと、本書が、ドイリアン的な手法を用いたホームズの地理学となっているからです。

ホームズに出てくる場所を特定するホームズの地理学の世界では、イギリスのバーナード・デイヴィスさん、そしてアメリカのデヴィッド・ハマーさんが有名ですが、お二人とも基本的にはシャーロッキアン的なアプローチを用いていますので、ドイルについては言及されないのが普通です。

私も同じような立場であれこれ考察しています。

 

しかしこちらの著者であるAlistar Duncanさんは、どちらかというとドイリアンの視点での考察がなされているという点でお二人とは違います。

彼自身による前書きでも書かれています。

It also seemed appropriate that this work should not limit itself to areas with links to Holmes but that it should also extend itself to his creator Sir Arthur Conan Doyle

クリエイターであるコナンドイル、って明言していました。

 

個人的にはアプローチが違うので、本書の考察のような方法はこれからもとらないと思うのですが、あまりアプローチに固執しなければ、こういうやり方でホームズに登場する場所を特定していくのもありかなとは思いました。

 

抽象的なのでわかりにくいかと思いますので、事例をあげてみましょう。

 

ノーサンバーランド通りのホテルの謎

本書は、場所や建物ごとの章立てとなっています。ベーカーストリートはもちろん、ストランドやホルボーンといったエリアについて書いた章もあれば、大英博物館やセントバーソロミュー病院などの建物をタイトルとした章もあります。

そんな中で、面白いと思ったのが「Northumberland Avenue and its hotel mysteries」という章。

この章では、ヘンリー・バスカヴィル卿がノーサンバーランド街のどのホテルに泊まったのか考察しているのですが、シャーロッキアン的なアプローチとドイリアン的アプローチを織り交ぜており、私にとっては新鮮でした。

正典の中では、ヘンリー卿はノーサンバーランド・ホテルに泊まっていたと書かれています。しかし、この名前のホテルは存在していませんでした。ノーサンバーランドのどのホテルがヘンリー卿が泊まっていたホテルなのか、考察されています。

一説として、現在のシャーロック・ホームズ・パブがかつてノーサンバーランドアームズインというホテルだったときに泊まったのではというものがあります。ベアリング・グールド氏も「詳注版シャーロック・ホームズ」の注の一つとして書いています。

ダンカンさんは、ヘンリー卿の靴が紛失した際、ドイツ人の給仕が、「ホテルじゅう問い合わせましたが」と言っているため、大規模ホテルのはずであり、ノーサンバーランドアームズインは規模的に該当しないとしてこの説を退けています。これはシャーロッキアン的な考え方ですね。

ダンカンさんは、バスカヴィル家の犬が書かれた時期に、ドイルがこの界隈のホテルのいくつかに何度も滞在していたことから、それらのホテルを念頭にしていたと推理しています。こちらはドイリアン的。

そのホテルとは、「Morley’s」、「The Golden Cross」そして「The Grand」だそうです。

The Golden Crossについては、ステープルトンがトラファルガースクエアで馬車を雇うまでチャールズ卿の出入りを見張っていたとしたら、メインエントランスがトラファルガースクエアからは見えにくいことから除外できるとしています。

ただ、残る二つについてはあえて特定されないようにドイルが書いたと結論しています。チャールズ卿の靴が二回もなくなるというホテルとしては不名誉な評判となる出来事が起こっていることから、有名となっていたホームズ作品でそのホテルと特定されることは不利益になると考えたのではないか、とダンカン氏は考えたそうです。

このように、ドイリアン的なものもおりまぜて場所を特定するというのもなかなか楽しくはあるものの、ちょっとシャーロッキアン的には受け入れがたい思いがあるのも確かです。

 

Tomo’s Comment 

全体的に、これまであまり知らなかった(というかシャーロッキアンとしてはあまり知ろうとしなかった)ドイルのこと、特にドイルに関連したロンドンの場所について知ることができたのはある意味有意義でした。

ただ、やはりホームズの地理学を究めたいシャーロッキアンとしてはあまり取りたい手法ではないように感じてしまう自分もいます。なんだか裏技的に思えてしまって。

とはいえ、これはあくまで立場的なことであって、本書の価値は非常に高いと思いますし、シャーロッキアン的なアプローチを取っている部分については参考になることも多くありました。ホームズサイトに関心がある人であれば、読んでおいて損はないと思います。

 

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