【ホームズ】パスティーシュの傑作「シャーロック・ホームズのドキュメント」を読む

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ロンドンホームズパブ2階のホームズの部屋

 

先日はホームズの研究について書きました。さまざまなテーマを持って書かれている研究書を読むのも楽しいのですが、ホームズの新たな事件簿を扱ったパスティーシュという分野の作品を読むことも楽しいひとときです。

 

パスティーシュとは

オリジナルの作品都市は、短編56作品、長編4作品がすべてのホームズ作品となります。研究するのにちょうど良いボリュームと言われていますが、やはりすべて読んでしまうともうこれ以上読めないというちょっと寂しさもあります。その感情を埋めてくれるのがパスティーシュという分野となります。

パスティーシュと似たものにパロディーがありますが、パロディーがホームズやワトソンを多少揶揄していたり、オリジナルとはまったく違う性格付けをしたりと、主におもしろがることを目的としたものであるのに対して、パスティーシュはオリジナルの世界観や登場人物の背景などを踏襲し、新たなホームズ作品を生み出そうとしている分野となります。

よくできたパスティーシュを読むのは新しいホームズ作品を読める楽しさがあるとともに、オリジナル作品のどこを引用したり参照したりしているのかを考えてみる楽しみもあります。

 

語られざる事件

オリジナルは短編長編合わせて60編と書きましたが、これらの事件簿の中にはホームズが扱った「語られざる事件」と呼ばれる事件が登場しています。

事件名だけ登場するもののその後きちんと事件が描かれることなく終わってしまう事件を「語られざる事件」と読んでいます。例えば、「六つのナポレオン像」という事件の中に、「アバネッティ家の恐ろしい事件にぼくが初めて気がついたのは、暑い日にパセリがバターの中に沈んだその深さのおかげだった」という記載があったりしますが、この事件そのものは作品化されていなかったりします。それでいて、概要だけ述べられている割には実に興味深そうな事件だったりするのです。

王道のパスティーシュはこれらの語られざる事件を扱ったものが多いようです。

ジューン・トムソンさんという女流ミステリー作家が書いたホームズのパスティーシュは主にこれらの「語られざる事件」を題材にしたものとなっています。

 

ジューン・トムソンによるパスティーシュ

トムソン女史はパスティーシュを精力的に書いており、今回紹介する「シャーロック・ホームズのドキュメント」はシリーズの4作目となります。他のさん作品はすでに読んでいたのですが、この「ドキュメント」だけ本屋で見つけることができず、ヤフオクで購入しました。しばらく積ん読状態だったのですが、読んでみることにしました。

前提としては、事情があって事件簿は書いたもののお蔵入りになっていたワトソン博士の原稿が、発見されたという、パスティーシュではありがちな設定ではありますが、その原稿の入手の経緯、なぜ発表されなかったのか、等の設定についてはかなり工夫が凝らされていて、違和感なく物語に入っていけます。

 

「シャーロック・ホームズのドキュメント」

さすがに4作目ともなるとかなりこなれてきていて、オリジナルのホームズに近い雰囲気が味わえます。中にはホームズが過去の事件をワトソンに語るという、マスグレーブ家の儀式書」のような話も登場します。しかもその事件はワトソン夫人のメアリに関連するもの(「セシル・フォレスタ夫人の家庭内のちょっとしたもめごと」)であったりと芸が細かいです。

また、扱っている「語られざる事件」も、事件名や概要だけでも魅力的に思えた事件が多く取り上げられています。前述したバターに沈んだパセリの事件も本短編集に収められていますし、他にも「サーカスの美女ヴィットーリアの事件」、「並木通りの暗殺者」、「フェラーズ文書事件」、「ヴァチカンのカメオ事件」、「赤い蛭事件」などが取り上げられています。キーワードしか語られていない事件をいかに料理するのかが腕に見せ所ですが、いずれも妥当な事件簿としてできあがっていました。そしてそれぞれ、なぜ発表されることがなかったのか、という理由も凝っています。

トムソンさんは、パスティーシュのみならず、ホームズとワトソンの伝記も記していますが、その根底にある精神はホームズとワトソンの友情を重視するというものです。パロディー作品などには、ホームズがワトソンを馬鹿にしたり、ワトソンが無能に描かれていたりするものもあります。しかしトムソン作品では、お互いを尊敬し合っている友人としての側面が強調されていて、これがシリーズの大きな魅力となっているとも言えます。オリジナルの世界よりは多少踏み込んでいる嫌いもなくはありませんが、個人的にはオリジナルでも端々に感じられるホームズの人間味であったり、ホームズにとってワトソンがいなくてはならない存在だったりという面がうまく表現されていて好感が持てます。

トリックにしても、オリジナル作品と同様あまり懲りすぎたものではありません。これがオリジナルっぽいところとも言えるかもしれません。ミステリーと言うよりは冒険的な側面が強いようです。

 

Tomo’s Comment 

本当の楽しめるパスティーシュはあまり数多くないと思っていますが、トムソン女史のシリーズはトップクラスのパスティーシュと言えると思います。

一部本屋では見つからないものもありますが、ホームズファンには強くお奨めしたいシリーズとなっています。

もう一冊の短編集が日本語未訳となっていますので、いつか翻訳されることを祈っています。

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