ホームジアンとして、ホームズ研究者を名乗りたいのですが、まだまだ学ぶことが多いなと思っています。いまだに、この130年で積み重ねられた先人の研究を学んで、これまでの研究領域とその成果を把握する段階にいるような気がしています。
パロディやパスティシュを読む楽しみもあるのですが、同時に研究書的なものも集めているところです。
日本語の研究書も多くありますが、やはり歴史的価値からいっても、長沼弘毅さんの著書をはずすわけにはいきません。
日本のシャーロッキアンの草分け的存在の長沼弘毅さん
長沼弘毅さんは大蔵官僚でありながらシャーロック・ホームズの研究もされており、日本のシャーロッキアンの草分けとも言える存在です。
今回紹介する「シャーロック・ホームズの知恵」の著者紹介ではこのような経歴の方と書かれています。
長沼弘毅
1906年東京に生まれる
1929年東京大学法学部卒業
元大蔵次官 公正取引委員会委員長
著書 経済労働関係のほか随筆 評論 翻訳など多数ある
「日本探偵作家クラブ」員 「アメリカ探偵作家クラブ」員 経済学博士
ホームズ研究書を9冊書かれていますが、なにぶん古い書籍のため入手が困難です。
ヤフオクや古本店で少しずつ買い集め、やっと9冊揃えることができました。(まだ未開封のものもあります・・・。)
出版順にきちんと読み始めようと思い手に取ったのが、第一作、「シャーロック・ホームズの知恵」でした。
「シャーロック・ホームズの知恵」
奥付を見ると昭和36年(1961年)に第一版が出されています。なんと60年近く前の本。長沼さんが55歳の時の著作となりますね。
はじめに、において長沼さんはこう語っています。
この人物を縦から横から観察して本を書くとなれば、それこそ万巻の書ができあがることとおもわれます。本書は、これらの本格的研究にはいる前に、軽いウォーミング・アップをした程度のものです。従って、できるだけ初心の読者にもおわかり願うように気を配って書きました。しかし、内外を通じてその道のくろうとにお読みいただいても恥ずかしくないようにトモ、心がけました。
本書では、コナン・ドイルの略歴を振り返りつつ、原典や先行研究を引き合いに ホームズやワトソンの人物に迫るための切り口を紹介しています。ホームズの大学、ホームズと女性、ベーカー街221Bの場所等々、さまざまなシャーロッキアンが挑んできた問題が簡潔に述べられます。あまり深く諸説に入り込んでいないのは、ウォーミング・アップゆえでしょう。
目次はこのように構成されています。
第一章 ホームズは生きている
第二章 サウスシーの田舎医者
第三章 ドイルの殺人
第四章 ホームズ生還
第五章 作品の組み立て
第六章 ベル教授のこと
第七章 シャーロック・ホームズ出現の恩人
第八章 ホームズ・ワトソン
第九章 ホームズの推理法
第十章 ホームズと報酬
第十一章 ホームズの大学
第十二章 ホームズと女性
第十三章 ベイカー・ストリート二二一B
第十四章 ベイカー・ストリート・イレギュラース
これまで別の書籍で既知の情報が多かったのですが、この本で知ったこともいくつかありました。
例えば、一般的とされている説、「ホームズのモデルはベル教授である」とか「ドイルにとって本文は歴史小説でホームズは余技である」とかに対して、ドイルの遺族が反論していたことなどは初めて知りました。
また、世界的なシャーロッキアン団体である、アメリカのベーカー街イレギュラーズの成り立ちや会則なども、他の本で読んでいたのかもしれませんが、改めて知ることができて新鮮でした。
一つだけ、個人的に物足りないというか、立場が違うと思ったのが、ホームズ研究の立ち位置でした。
ホームズ研究というある種のゲームのルールとして、ホームズは実在し、ドイルは出版エージェントにすぎない、という立場から論考するというのがあって、私はまさにこうした立場で研究を進めたいと思っているのですが、長沼さんはあくまでホームズをドイルの創作上の人物として扱っていることが本書から分かりました。
この方が、ドイル側からの研究ができるという意味で視野の広い研究ができるのかもしれませんので、完全に個人の志向の問題かと思います。
もう一つ、ベーカー街221Bの位置については、その後多くの研究がありましたので、概論とは言え今の221Bにあったという仮定は大胆にすぎるなという印象を持ちました。
作品に出てくるベイカー・ストリートは、現在の場所ではなく、他の場所で会ったという説もないではないが、これでは、われわれの夢をいっしょにぶちこわしてしまうから、こういう説は度外視しよう。(P194)
とはいえ、その説としてハルロイドのグロスター街説、ブリッグスの111番説とブレイクニー、ベルによる反論、にも触れているのはさすがです。
ベーカー街221Bの場所については、こちらでも紹介していますが、いずれ再度検討してみたいと思っています。
ついでに、1950年の英国フェスティバルでホームズの部屋が再現されて、その部屋が現在はシャーロック・ホームズパブにあるというのは知っていたのですが、もともと部屋が再現されていたのはベーカー街221にあったアベハウスだったというのは、この本を読むまで知りませんでした。
Tomo’s Comment Follow @tommasteroflife
50年以上も前にこれだけのことが網羅されていたという事実は驚かされるとともに、今更ながらホームズ研究の奥深さを思い知らされました。
しかもまだ「オードブル」の段階で、これだけのことが書かれているとすれば、残り8冊でどこまで深まるのか、まだ未読のものもあるのでこれから少しずつ読んでいきたいと思っています。
ホームズを研究するにはこんな本がおすすめ
【ホームズ】ホームズ研究に目覚めた一冊。「名探偵読本 シャーロック・ホームズ」
【ホームズ】レスリー・クリンガーさんによるさらに詳しい註がついた「The Sherlock Holmes Reference Library」はホームズ研究に不可欠と言えるレベル
Tomoさんはゲーム派で長沼さんはアンチ・ゲーム派(?)なのですね。それは興味深いですね! ホームズ研究者ではどちら派が多いのでしょうか。「ホームズと女性」では特に新説はなかったですか?! 第二作以降のレビューも楽しみにしています。
>ぐうたらぅさん、こんばんは。
長沼さんがアンチ・ゲーム派か、まだ断言できませんが、私はゲーム派、しかも正典至上主義なのは間違いないと思います。
しかし、厳密には分けずらいところはあるかもしれないですね。長沼さんもドイルの創作と書きつつ、ホームズの描写は実在を前提にしてたりしてますので。